スペシャルティコーヒー専門自家焙煎店

インドネシア スマトラ島マンデリン・アチェ・アビシニア・ティムティム 深煎(フレンチロースト)

インドネシア スマトラ島マンデリン・アチェ・アビシニア・ティムティム 深煎(フレンチロースト)

販売価格: 175~3,600(税込)

オプションにより価格が変わる場合もあります。

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商品詳細

200gで10%OFF
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深煎り(フレンチロースト)

\900/100g
\1620/200g
\3600/500g
\1350/ドリップ(12gx10ケ一袋)
\1750/ドリップ個包装(12gx10ケ)

 

 

マンデリンらしいどっしり感と

洗練されたすっきり感の両立!

アビシニア(エチオピア)という

古い名前を持つ稀少種です!



インドネシア、スマトラ島で栽培される

アラビカ種コーヒーを総称して

マンデリンと呼びますが、

実際には様々な品種のマンデリンが

存在しています。

ティムティムやアビシニアという品種は

スマトラ島最北部アチェ州で

以前から栽培されてきた

大変大粒で細長い形状の品種です。

 近年コーヒーの世界でも遺伝子検査による

品種の系譜が明確になってきています。

一般的にはティムティムという品種は

インドネシア東端のティモール島原産で、

ティピカとロブスタの自然交配により生まれた、

ということになっています。

但し、ロブスタ種はアラビカ種と比べて

矮小な形状であり、そのロブスタ種との

交配によって通常のティピカ種よりも

数倍も大きいティムティムが

生まれるものだろうか?と

 

指摘もされてきた銘柄でもあります。

ティモール島はポルトガルの植民地

 だった場所で、大半がオランダの

植民地であった現在のインドネシア地域

 の中では少し毛色の異なるコーヒー

生産地です。かなり古い時代から

コーヒーの移植が試されてきたこと

だけは事実ですが、よくわかっていない

 ことの方が多いのです。

また、現地の農家さんがこの豆のことを

ティムティムと呼ぶこともあれば

アビシニア(エチオピア)と呼ぶこともあり、

遺伝子検査と言っても全てを

対象にするもできませんから

どうしてもアバウトな感じに

なってしまいます。そもそもこの

場所でアビシニア(エチオピア)

古くから呼ばれている品種があること自体

考えてみると不思議な話しなのです。

インドネシアへのコーヒーの伝播は

17世紀後半にオランダが

ジャワ島にプランテーション栽培を

始めたのがその始まり!

とされていて、その後周辺の島々、

このスマトラ島などにも伝えられて

いった!ということになっています。

 

 

 ここからは想像の域を出ないお話し、

という前置きになってしまいますが、

 エチオピアのハラーなど古い歴史を持つ

産地では高級な原生品種の一つを

 指す言葉として「ロングベリー」

という言葉がよく出てきます。

 でも実際には現在のエチオピアで

ロングベリーと呼べるほど特徴的な

形状の豆はあまり見ることがありません。

アラビカ種の原産地とされる

エチオピア南部からスーダンに

かけての地域はかつて

(氷河期の時代)野生のロブスタ種も

多く存在した地域です。

そうした地域のアラビカ種原生品種の中に

ロブスタ種の遺伝子を持つ

細長い形状の変異種があったとしても

 あまり不思議ではありません

 (そもそもアラビカ種自体がロブスタ種と

ユーゲニオイデス種との交雑により

生まれた品種であり、古い原生品種の

遺伝子特性にはロブスタ種の

名残りが見られるものがあります)。

 

また、アチェという場所自体も

少し特異な産地と言えます。

マラッカ海峡の入口に位置するこの場所は

13世紀以降、海上交通の要衝であり、

東南アジアにおいてはじめて

イスラム系の王国(アチェ王国)が

存在した場所でもあります。

かつてコーヒー流通の全てを

仕切っていたイエメン南部の

モカ港を中心としたイスラム世界との

交流も深く(アチェは「イスラムのベランダ」

と呼ばれ中東地域のイスラム世界から

多大な庇護を受けていたとされます)

実は私達が知る遥か前から

コーヒーの苗木もアチェに

入っていたのではないか?

という推測もできるのです。

 

 アチェ州は長く内戦の続いた場所で

統治のためにジャワ島などからの

移民同化政策がとられてきた場所

 でもあります。現在の農家さんは

そうした移民の人々が多く、

元々この地でコーヒー栽培に携わって

いた人々はほとんど強制移住を

余儀なくされたのだとか。

そんなこともあって昔の事情は

ほとんどわからなくなってしまっているようです。

 

いずれにしても、コーヒーがエチオピアと

栽培・流通を支配していたイエメンの

手から欧米列強によって世界中に

普及してゆく極初期の頃(18世紀初頭)、

その時期にポルトガルが入手した

苗の一つにエチオピア由来の

ロングベリー(ティムティム?アビシニア?)が

あったとしても全く不思議ではありません。

アチェにはモカから直接来たのか、

ティモール島経由で来たのかは

知る由もありませんが

(アチェとティモール島はインドネシアの

両端となりますので、そんな移動が

当時本当にあったのだろうか?とは思います)

大変興味深いコーヒーであることは間違いありません。

 

 さらにちなみに、、

現在のマンデリンは

スマトラ式と呼ばれる

独特な精製方式を採用しています。

世界のどの地域でも、

コーヒーチェリーの果肉を除き、

その中の殻(パーチメント)の状態にし、

乾燥→脱穀→生豆の状態にしますが、

スマトラ式はパーチメントの状態で

あまり乾燥させずに脱穀をします。

脱穀後、生豆の状態にしてから

さらに乾燥をして仕上げます

この独特の精製方法によって

現代のマンデリンには

「マンデリン香」と呼ばれる

独特な香りが伴います。

他の地域とは明らかに違う

マンデリン独特のアロマは

この製法によってもたらされます。

 

さらにさらにちなみにですが、、

19世紀半ばのサビ病禍は、

インドネシアから広く

インド、東南アジア諸国で

猛威を振るいました。

当時、イギリスの植民地であった

インドでも大規模なコーヒー栽培が

おこなわれていましたが、

このサビ病禍と同時期に

アッサム地方で紅茶の新種、

アッサム種が発見されたこともあり、

これを期にヨーロッパ随一の

コーヒー愛好国であった

イギリスは「紅茶の国」へと

大きく舵を切ることになったのだそうです。

 

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